2008年2月 5日 (火)

記憶(第2話)

 帰る方向が一緒だと奴は行った。

 勘太郎先生がこのあとすぐに次のレッスンで時間が取れないらしく、明日もう一度参りますと彼は妙にしおらしく告げ教室を後にした。バス亭までの約十分間二人は黙ったまま並んでゆっくりと歩いていった。

 バス亭に着くと丁度荻窪行きのバスがタイミングよくきた。

 車内はその時間帯の割には空いていて立っている人は誰もいなかった。中央の出口のすぐ後ろの2人掛けのシートが空いていた。

 ほら、あそこ空いてると彼がエスコートした。

「今日は迷惑かけちゃったかもね」

 神妙に彼はそう言った。

「別にいいんじゃないの、私も今日始めて聴音のレッスンに来たんだけどさ、こんなのがなぜ音大の受験に必要なのか良くわかんないしさ。」

「うーん。音大とか受験とかが音楽するうえで必要って事自体が僕はよくわかんないんだよ。音楽って教わるもんじゃないんじゃない?だって自分自身の心の表現結果が音楽だと思うんだ。もちろんそれを表現する技術の習得は必要だと思う。ただ、それは大学に行って教わるものでもないし、大学に入ってから習得するっというのはちょっと遅すぎると思うんだよね。音楽理論や歴史その作曲家がその曲を作曲した背景を知っている必要もあるかもしれないけどさ、それって二次的なもので、決して音楽表現の根幹をなすものじゃあないと思うし・・・・」

 さっきのレッスンだって音の羅列をコピーしている行為にすぎないじゃないかと彼は言う。

 彼の言う事自体には彼女は諸手をあげて賛成だった。聴音という音の羅列をコピーする行為は鳴っている楽曲からその楽譜を再作成する行為であるし、楽譜自体が音楽を表現する上での設計図にすぎないと彼女は常日頃思っていたからだった。

 楽譜はある意味暗号で記載した手順書のようなものだ。まったくその暗号の意味を理解しない一般人からみるとそれはおたまじゃくしがのたくっている乱数表のようなものでありさっぱり何が書いてあるのか分からないが、それを読める人間、音楽をやっている人間からすれば音楽をつくりあげる設計図になっているといっていい。

 ただ、それはあくまでも設計図であって、これだけでは音楽ではない。この手順書をもとに技術力・表現力を持った音楽家が咀嚼し音に色を塗ったり艶をつけたりして自分自身の表現をその中に閉じ込めてはじめて音楽になりうるものである。

「その意見には私は賛成よ・・」

 言うか言わないかのうちにバスは荻窪駅前に到着した。

 降りると暑めの暖房が効いた車内とは対照的にひんやりと冷たい風がほおをなでる。

 もう来週は師走なんだ。

「ねえ、晩飯一緒に食わない?俺がおごるからさあ」

 いきなりフーテン君はナンパを彼女に敢行した。

「私だって予定が・・・」

 ある訳ない。

 一日の内、ご飯を食べる時間とお風呂と睡眠時間以外は殆どピアノにむかっているのだ。それがイヤだとか苦痛であるとかは思ったことはない。彼女にとってそれは普通に呼吸することと同じようなものだった。であるから同世代の女性のように買い物に出掛けブランド物のバッグを買うとかイケ面スターが出ている映画を観に行くいう事は皆無だった。まして恋人とデートなんて絶対にありえないのだ。恋人はおろか同性の友達だっていないのだ。そういう彼女だからこれから何かする予定がある訳がないのだ。家に帰ってももう夜なので近所の迷惑を考え音を出せないのでピアノの練習をするわけにもいかない。ただちょっとだけ見栄があった。

「あるかもしれない・・・」

 かもしれないと言う最後の方は小さい声だったので彼には聞き取れなかったようだが、音楽への考え方がこんなに合う人間と会うのは初めてだったのですごく新鮮だった。

 正直言って彼女は感動していた。でも男性に対しての免疫がちょっとだけ足りなっかったし、これから帰っても自分で夕飯の準備をするのも面倒だったので見た目はイヤイヤ仕方なく受け入れることにした。本音は少しいい男だなって思ったので超ラッキーと少しだけ思った、否「超ラッキー」という言葉使いは品が無いと思っていたので、心の中ではもっと違う単語でそう思ったにすぎない。

 あくまで音楽としての意識を共有できる人間だから食事に付き合うんだと自分自身に言い訳をしていた。

「いいけど、遅くても10時には帰んなきゃなんないけど、それでもいい?」

 本当はそんな時間制限などないのだけど。

 しかし彼はもう彼女の話を全く聞いていなかった。いきなり彼女の手をつかむと強引に駅の裏側のネオンがきらめく通りに引っ張っていった

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2008年1月30日 (水)

記憶(第1話)

最初、彼女が彼と会ったのは聴音のレッスンの時だった。

入試まであと1年を切った頃、専攻の先生が受験の為のレッスンを受けないとだめよ!と言ったので別に耳には自信があったのだが、断る理由もないので言われる通りにその教室に行ったのだった。

その教室は荻窪駅前からバスに乗り**1丁目というところで降り数分歩いたところにあった。普通の家の離れを改造したかんじで、あらかじめお稽古教室を意識したのだろうか、直接その教室に出入りが可能だった。土曜の夜6時からの部と日曜の朝10時からの部があったのだが、朝が得意なほうではないので土曜日の部にした。

6時10分前にその教室に入ると既に5~6人の生徒が座って待っていた。みな自分と同じ受験生のようだった。2~3人はもう前からここの教室でレッスンを受けているのだろうか何か談笑をしていたが、他の数人は下を向いて黙ったまま自分の鉛筆や筆箱を弄んでいた。

6時を少しすぎたころによお~という雄たけびとともにこれから初めて受ける聴音の先生が入ってきた。

頭は白髪で丸めがねをかけ、襟がよれよれのからし色のポロシャツで、でぱったおなかを覆い隠していたが効果はあまりなかった。がしかし愛嬌がありそうな先生で彼女はほっとしていた。言ってみれば寺内勘太郎の髪七三分け版とでもいう風貌でどちらかというとそのキャラは嫌いではなく、それを思いついてすこし笑いをこらえるのに努力がいった。

「6/8拍子、D-DUR」

 勘太郎先生は、突然言い放つととくにあらかじめ拍子を打つでもなく、いきなりピアノを弾き始めた。さっきまで談笑していた2~3人の生徒は突然レッスンモードに入ったらしく五線紙におたまじゃくしの群れを怒涛のように書き連ねていった。

 彼女は五線紙に縦線さえ書いてない状態で完璧に出遅れてしまっていた。

 しかし、一度聞いたらどのような音楽も1回で覚えてしまうので、縦線を引きながらぼおっとその曲を聴き流していた。ひととおり弾き終わったあとで、次からは4小節づつ区切って何回か弾くのだがそれまで空白があった。

 頭の中で先生がさきほど弾いた曲が再生テープのように聞こえてくるので、それを聞きながら音符を一気に書き連ねていく。他の学生達がそれをまるでサーカスを見るように眼をまるくしているのがわかり少し小気味良かった。

 またたくまに彼女のしろかった五線紙はおたまじゃくしの群れで黒くなっていった。

 「じゃあ次、最初の4小節」

 また先生が、今度は最初から4小節までを弾き始めた。他の学生達は一生懸命また五線紙と格闘を始めたが彼女はもう暇で仕方なかった。彼女の聴音は完璧だった。どのような曲でも一度聴くと完全に覚えてしまっていた。だから何度も区切って繰り返し弾く必要はないのだ。自分が必要と思うときに、思った長さの部分だけが頭で自動的にリプレイされるのだから。

 やっぱり来なきゃあよかった。退屈だった。

なぜ、音大の入試に聴音なんて学科があるのか不思議だった。彼女にとって聴音は普通に呼吸をするのと何ら変わらないものだったから・・・

 「gis-moll!」先生がまた雄たけびをあげた!

ト音記号の横にいたいたしそうなとげとげイゲタマークを5つ書いたころ、その事件は唐突に起こった。

 レッスン室のドアが空いたかと思ったら、いきなり「ちわーす」という声。

 どたどたという音とともに頭はぼさぼさでめがねをかけた昔でいうと、多分ヒッピーとかフーテンとかいう生物のたぐいの男が乱入してきた。

 「カツラギ先生の紹介で来ました。」

 その闖入者は、そう言って礼儀はほんの少しかじっていると見え、先ほどから敷居に何度もうっている頭をペコリと下げた。

 そうして左手にぶらさげている風呂敷包みの中から新聞でくるんだものをむんずとわしづかみにして勘太郎先生の目の前へ片手で差し出した。カツラギ先生から、テラウチ先生は野沢菜が大好物だと聞いたもんですから、家でつけたもんを持って来ました。是非食ってください。

 召し上がってくださいと本来はいうべきとこなんだろうけど、この風貌の男が言うとほのぼのとしてしまう。

 カツラギの弟子かあ、と勘太郎先生はにやにやしながら適当に空いてるところに座るように言った。

 「ここいいですか?」

 風来坊が指差したところは彼女の隣だったが、いいも悪いもなく、もうちゃっかりそこへ座っていた。

 こんちわ

 フーテンは今度は彼女に向って頭を下げた。

 「はいはい、静かにしてっ!じゃあ続けていくよ!変拍子だから気合入れてねっ!ギスモール11/8拍子」

 先ほど宣誓したギスモールを脱兎の如く例の勘太郎先生が一気に引き始めた!リズムは少しゆれてあまり正確ではないが意義を唱えるほどでもない。受験生達は夕方の椿事で少しまったりとしていたが、掛声ヨーイドンで再び例の緊張モードに瞬時に戻っていた。

 彼女は特に苦労をして曲にあわせて音を採る(プロット)必要も無く、ただのんびりきいていたが、都中でフーテン君が指で二の腕をつつくではないか?

 声を殺して彼はこう聞いてきた。

 「ねえ、ギスモオルって何?なんでみんな音符書いてるの?」

 彼女は普段から動揺するタイプでなかったので、かろうじて椅子の上に存在し続けることが可能であったが、そうでなければあの彼女でさえ確実に床に転がり落ちているところだった。

「聴音してんじゃん!」

「ちょーおん・・・・・・って?」

「何って聞くな、何って・・」

 今、彼が何を聞いているのかはとりあえず考えない事にした。大事な事は今の課題を書き終えることなのだから。

 そうして彼女は急いでかつ確実に課題の曲を五線紙へ書き記し終えてから、初めてまじまじと隣の男の顔を見た。

 眼が明るいブラウンで透き通っていてそしてなぜか綺麗でドキドキした。

「あんた何しに来たの?」

「俺の先生がとりあえず野沢菜持って行けっていったから・・・行ったらわかるって・・・・・」

「行ったらわかるってってさあ、あんた音大受験するんでしょ?」

「音大受験?何でそんなことしなきゃなんないの?だって音大なんてまだきちんと自分の音楽ができない人間がいくとこなんじゃないの?俺、自分自身の音楽はちゃあんとできるもん」

 いい年した男ができるもんもないだろう。

「じゃあ、何できたの?何しに来たの?わざわざ聴音のレッスン中に来る必要なんてないでしょ!」

「へえ~これって聴音のレッスンなんだ。みんなで先生が弾いた下手糞のピアノの音符の羅列を書くことがレッスンなんだ。でもわかんないなあ、一体何が面白いんだろう。これだったら渋谷の交差点のまわりの雑踏の音を譜面に書き取っていくっていうゲームの方がよっぽど面白いと思うけどなあ」

「あんたのその意見には少なからず私自信は賛成だけどさ、でもこれは受験で必要な科目なわけ、わかる?ここにいる人は、音大受験で必死なの。あんたの考え方とかはあとでゆっくり聞くけどさ、うるさくすると廻りが迷惑するの!」

 ま、いいけどとつぶやいて一瞬彼女はしまったと思っていた。あとでゆっくり聞くなんていわなきゃ良かった。

 その言葉もあまり効果はなかったと見え、彼は話を続けた。

「俺は、いや僕は先生に水曜日の午後7時に野沢菜持って行けっていわれたから来たんだよ。」

「あのね、今日は火曜日、水曜日は明日。一日間違ってるよ。あんたが来なきゃいけないのは明日。今日じゃないの。わかった?だったら帰った帰った。」

「そう言わないでよ。分かった。大人しくしてる。大人しくしてるから、帰れなんていわないでよ。」

 ちょっとそこ静かに!という勘太郎先生の声で会話は中断したが、本気で哀願してくるもんだし、またそのうるんだまなざしが可愛くてちょっと母性本能をかきみだされてしまった。彼女は黙って聴音の課題に取り組み始めた。

 彼女が拒否もせず黙っているということは、実は了解したということに他ならないのだが、その事を彼はまだ知る由もない。

 聴音のレッスンは2時間で終了した。前から来ているグループは先生の自宅兼レッスン教室を後にして雑談をしながら三々五々に分かれていったが、彼女はここに来るのも初めてだし、仲の良い友達もいないので、必然的に今日の例のおとこと一緒に帰るしかなかった。

 帰る方向が一緒だと奴は行った。

 つづく

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2007年5月29日 (火)

最近読んだ本

最近読んだ本でげす。

マンガは子供の頃夢中だった(といって歳がばればれ)鉄人28号、バッカスの巻ですな。

あとは京極さんと東野さんと外人の・・・

外人の奴は導入部は良かったけど、途中から腰砕けっぽいみたい・・

京極さんは流石ですね、

Bucher

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